2017年03月24日

「 散る桜 」



「オレ癌になっちゃいました」


数年ぶりに再会した彼が

笑いながら発した言葉でした。


あまりにいきなり過ぎたけど

冗談を言うタイプでは無かった

ので直感で本当なんだと悟った

がやはり動揺は隠せず、


「でも大丈夫なやつでしょ?」


「ステージ4です」


その数字のパーセンテージの

割合は自分でも知っていたので

暫く何も返せなかった。



今から10年近く前だろうか。

出会ったのは紹介という形

だった。ファーストタトゥー

を入れて欲しいとの要望で。


サッカー好きな彼はボールを

モチーフにしたデザインを

胸に刻んだ。


それからあちこちに民族的な

柄を彫っていく過程で、突然

和彫りに興味を抱いた。


サッカー好きや音楽好きが

興じてイギリスに留学する事

になっていた彼が、行く前に

背中に和柄を入れて欲しいと

お願いしてきた。元来痛みに

強いタイプだったので自分も

やりたい感じのテイストで

彫らせてもらった。


また帰ってきたら見せてね。


数年経って久々に来てくれた。

それが冒頭の台詞となった。

既にイギリス滞在中に体調に

異変が出ていたとの事だった。


当初は余命数ヶ月とも聞いて

いた。そこから5年ぐらいに

なるだろうか。


とにかくポジティブだった。

メンタルの強さからそう振る

舞ってたのかも知れない。


何度も抗癌剤治療や手術を

繰り返し、転移のため片側の

肺の全摘出までした。


そのせいで背中にバックリと

メスが入り、彫った龍の顏が

割れてしまって酷く悲しみ、

申し訳ないと言っていた。


それは命には変えれないから

仕方ないよと促した。


抗癌剤の副作用で痩せたり

浮腫んだりもしていた最中も

わざわざ静岡から会いに来て

くれた。変わらない笑顔で

いつもニコニコしていた。


また彫りたいとも言っていた。


これ以上身体に傷を付けるの

は自分の中の本能が拒んだ。

親御さんにも申し訳ない。


たまにだがメールのやりとり

もしていた。最期の連絡は

3月11日だった。


自分が何となく思いだし、

気になってメールをしたら

直ぐに返ってきて、別の治療

と呼吸器を使用しているとの

事だった。あまり芳しく無い

のがわかったが、相変わらず

こっちの身体も気遣っていて

また必ず会おうと約束した。


亡くなったのを知ったの

は数日経ってからだった。

奇しくもそろそろ止めようと

思ってたFacebookでのタグ付け

がきっかけだった。


自分はあまり見ていないので

気づくのが遅れてしまった。


彼がよく言っていた。

家族に悪くてしょうがないと。

親より先には特に悪いと。

だから自分にも定期的に検査

を受けて欲しいと。


さっきメールを読み返したが

何度も何度も体調を気遣って

くれていた。自分の事よりも。


ズルいよ、また必ず会おうと

約束した筈だ。涙しか出ない。


正直いつもメールが返って

こなかった場合の恐怖心から

あまり連絡は出来なかった。


沢山のお客さんの出会いの中

彼ほど前向きで真面目な人は

探しようがない。


針を刺した数、接した数だけ

お互いの絆は深さを増す。


自分の生業は人に傷を付ける

と言う後ろめたさがある。

人が母親の体内から生まれて

くる以上、人様の親御さん

には顔向けができない。


こんな時結果的に何も出来ない

因果な商売だとつくづく思う。


今日が葬儀の日だった。


最期に会え無かった事を

悔やむと同時に非常に残念で

仕方無い。本当ごめんなさい。


彼はその正直な性格さ故に闘って

闘い抜いて不本意で逝った。


想像を絶する我慢と忍耐力で

頑張ってきたんでしょうね。

尊敬の念しかありません。


沢山疲れただろうから今は

ゆっくり休んでください。

どうか安らかに。


このブログという場を借りて

心よりご冥福をお祈り致します。


出会えた事に感謝です。

ただただ有難う。


pict127.jpg


Rest in peace.







posted by わかとも at 15:10| Comment(0) | 本日の告知
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